ESG投資は、グローバルな不動産投資家の戦略構築で核心をなす要素である。日本の機関投資家、公的年金は、オルタナティブ投資において、ESGを重視するスタンスを表明、資金・資産を受託運用する国内不動産ファンドはESGの重要性を強く認識しはじめた。この分野で先行する米国・カナダの不動産運用会社、ベントール・ケネディにESGの経済的効果を解説してもらう。

 

アンナ・マレー[ベントール・ケネディ]

サステナビリティ部門ヴァイスプレジデント
国連環境計画・金融イニシアティブ (UNEP FI)
プロパティ作業部会 共同議長

ベントール・ケネディ社にてESG/持続可能性戦略を統括。北米の不動産運用における、ESG運用によるリスク管理及び長期的な価値創出を担当する。ベントール・ケネディ社を代表して2018年より国連環境計画・金融イニシアティブ(UNEP FI)プロパティ作業部会 共同議長を務めており、カナダのThe Top 40 Advisory Boardが選出する、2018年の40歳以下カナダTOP40の一人にも選出されている。

 

ESG投資の背景

 

◎投資家の要請

ベントール・ケネディの共同議長と、UNEP FI(国連環境計画・金融イニシアティブ)の不動産作業部会は、北米、欧州、アジア太平洋地域で合計1兆米ドル超の資産を運用する機関投資家・投資運用会社を対象にアンケート調査「グローバルな機関投資家におけるESG不動産に関する意識調査」(2018年9月から2019年2月)を実施した。そこで注目すべき結果が得られた。回答投資家の93%は、「不動産投資の判断に係るESG要件(基準)設定を予定」していた。さらに90%は「向こう12か月間のうちにESG要件に関する追加分析を行う予定」としていた。また、85%は、ESG投資によるリスク低減策に「大変関心がある」「非常に関心がある」と答えた。そして、83%は、持続可能性の情報公開に対する投資家からの要求の高まりを「実感」していた。

◎ワーカーの要請

建造物に関するESGの重要性認識は、投資家はもちろん、都市や企業でも高まっている。国連調査では、世界の温室効果ガスの1/3はビル(建物)由来との結果が示された。また、米国環境保護庁(EPA)による調査によると、米国人は90%以上の時間を室内で過ごすことがわかった。つまり、人が暮らし、働き、遊ぶためのビル(建物)は、その人自身の健康と健康的生活(ウェルビーイング)に大きな影響を及ぼしているということである。行政や企業はこうした事実を受け止め、フィットネスルームや屋上庭園を備えたビルを建てるなど、従業員の健康に配慮する現実的取組みがでてきている。

 

 

上記は仮説に基づいたベントール・ケネディ社の評価モデルを用いて仮想の物件価値における変化を試算したものである。影響値の予想のみを目的としたものであり、実質的な価値の増加や、実際の投資価値における将来の増加を表すものではない。数値はある時点での評価モデルにおける仮定の変化を基準にしており、将来のリターン率や投資結果を表したものではない。実際において同様のインパクトを持つという保証をするものではない。

 

ESG資産の価値向上

 

投資家や企業は、若い優秀な人材を集め、繋ぎ止め、生産性を上げ、企業評価を高めるうえで、持続可能性を備えたビル(建物)を選好する傾向がある。ベントール・ケネディでは、ビルの運営方針に「ウェルネス向上」を掲げている。具体的には、①ウォーカビリティ(徒歩性)、②トランジット(交通利便性)のスコアが高いビルで、ワーカーの③健康的な生活を支援するためのスペースを提供すること、である。米国人のワーカー(特にミレニアル世代)は、とりわけこの3つを満たす職場環境を求めている。ESG資産の不動産としての価値の見方、パフォーマンスの見極め方は以下の通りだ。


ベントール・ケネディが運用するESG資産
ボストン「343congress」(オフィス・リテール複合)

◎収益価値向上

ベントール・ケネディは2015年、それまでの10年間に取り組んできたESG投資の経済価値検証を目的に調査を実施した。具体的には、外部独立機関(マーストリヒト大学のNils Kok准教授とゲルフ大学のAvis Devine教授)に、ベントール・ケネディが運用している不動産(米国とカナダ、延べ約540万㎡)に対する実態調査を依頼した。結果、LEEDやENERGY STAR、BOMA Best(カナダ)といった環境性能認証を保有するビルは、認証のない同様規格ビルと比べ、賃料、稼働率、テナント満足度、賃貸更新のいずれの面からも優れたパフォーマンスが確認された。米国LEED認証ビルの一例では、(非認証のビルと比べ)稼働率で4%高く、賃料で3.7%高かった。こうした差は、NOIではさらに顕著に確認され、全体比較で8~10%高い値が計測された(すなわち、資産価値で8~10%高められたということに等しい)。

これら結果から読み取れたのは、テナント企業は環境配慮型のビルに対して、借床コストの削減ではなく、彼らが雇用する従業員に「魅力的で、生産性を高められる環境を提供する」ことを主眼に置いて入居しているということである。特に、テクノロジー産業のような雇用者増加が著しいセクターにおいて、企業は

従業員へいかに良質な執務環境を提供できるかを最重要課題にしている。デザインや利便性、ウェルネス(健康)などの要素は、オフィス選定の決め手と言える。つまり、投資家にとってESG資産は、収益価値の高い投資対象なのである。


トロント「Two st Thomas」(高級住宅)

◎入居者にとっての価値向上

ベントール・ケネディでは、建物環境へのESG導入が先進的な都市には、優れた若い人材が集まると考えている。そうした都市に優れた競争力の高い企業も集まるとみている。実際に、企業のオフィス立地選定は、優れた若い人材を確保・定着させることを戦略テーマとしており、米国のイノベーション関連企業は、大学を修了した若い世代の集積する都市に業務機能を移転する傾向が強い。

具体的に優秀な人材が集積するエリアを絞り込むと、①公共交通の利便性、②大学に近接、③住居・オフィス・リテールなど機能が複合、した場所という共通点がみられる。建物面では、住宅の場合、LEED認証を受けていること、(それ以上に)室内バイク置場、フィットネス施設、ルーフトップ・ガーデンなど、入居者の健康と生活の持続可能性を高める機能が備わった物件となる。また、オフィスの場合は、①自然採光、②眺望、③利便性が重視される。言うまでもなく環境性認証も重要なポイントとなる。勤務先ビルにこれがないとの理由で、採用した人材が就職を辞退するケースもしばしば聞かれる話となってきている。

 

ESGの投資先選定と運営

 

ESG投資は、建物の熱効率改善や温室効果ガス排出量削減といった環境配慮一辺倒ではない。社会構造、自然環境、技術の変化や進歩(都市化、人口動態変化、気候変動、テクノロジー進化、労働形態適応 など)に対応する手法も用いられている。これらは、グローバルな不動産投資を進める日本国内の機関投資家にとっては、欠かせない視点・要素だろう。

◎エリア

地域では、公共交通機関、環境と健康、エンターテイメント機能など設備が整った都市を選好する。交通利便性よりも、徒歩やサイクリングといったアクティブな要素を最も重視する。米国の都市では、シアトル、 ボストン、ポートランド、ニューヨーク、ワシントンD.C.、サンフランシスコ、ピッツバーグといった都市がこの要件にあてはまる。

 


ポートランド「Oregon Clinic Gateway」(メディカルオフィス)

◎運営手法

ESGのE(Enviroment = 環境)の大部分は省エネ対策で、ビルオーナー単独で達成できる。だがS(Social = 社会)やG(Governance = ガバナンス)はオーナーとテナント、周辺コミュニティとの連携なくしてはむずかしい。ベントール・ケネディでは、運用する全商業不動産のテナントに、ESG運営目標達成に向けたプログラム「ForeverGreen」への参加を要請している。具体的には以下の4項目がある。

1.熱効率改善と温暖化ガス排出量削減
2. 節水
3. 廃棄物転換(再利用)
4.健康な職場環境(自転車通勤推奨など)

オーナー・投資家側は、テナント(企業とその従業員)に、ビルの運営環境を向上させる取り組みへの参加を要請。参加による成果(ビル運営環境改善・向上)を、テナント企業にフィードバックする仕組みといえよう。テナント企業への目標・意識づけと取り組み度合いは3段階設定している。

Level 1(初心者向け)
サステナブルな取り組みに対する啓蒙や情報提供(ニュースレターなど)

Level 2(中級者向け)
ビルのサステナブル・パフォーマンス実績の提供、チーム体制構築支援、詳細チェック・リストの実施、ビル毎のグリーン委員会への参加、ForeverGreen 活動への参加、およびLevel 1の内容

Level 3(上級者向け)
長期目標の設定、データのレビュー、週毎のアクション策定、およびLevel 1とLevel2の内容

テナントのESGビル運営への参加は、オーナー側からの要請だけに限らない。ESGに意識の高いグローバル企業や欧米の従業員を大勢雇用している企業の多くは、ESG運営に関与可能なビルへ入居するとの指針を定めている。先進的な取組みを実行している企業は、入居先ビルのオーナーに対してESGやサステナビリティの改善提案を行うケースもある。テナント参加型のESGプログラムは、既存テナントの長期入居による安定収益だけでなく、入居者ターゲットであるグローバル企業を惹きつけ確保する手段ともなる。テナント参加型プログラムの実施は、テナントや周辺コミュニティの共感を呼び、より一層効果的なESG運営ができる。アセットマネジメント業務では、運営リスク低減、NOI向上、コスト削減、テナント定着が期待できるだろう。

 

最後に

この先ESGは、長期的なマクロ・トレンドである『都市化 = Urbanization』にも適した不動産運用の方向性であり戦略となるだろう。多くのグローバル機関投資家がこの流れに参加しているなか、不動産運用会社にとってはESGを活用した運用アプローチは必要不可なツールとなってきた。近いうちに不動産におけるESGは『守るべきルール』という概念ではなくなり、『産業の成長を促進し価値に転換する不可欠な要素』となるだろう。

 

※※当コンテンツは、月間プロパティマネジメント誌2019年6月号に掲載された記事を編集して掲載したものです。オリジナル記事PDFは以下リンクよりご覧いただけます。

ESG Article BK_PMM 2019 June